キッズライン社長 経沢香保子 blog

Category■キッズライン(KIDSLINE)


今日、とうとうTBSサンジャポファミリー入りした、箕輪厚介さん!!

私はずーーっと前から注目し、応援していたので、すごくすごく嬉しいでーす(^∀^)

しかも、キッズラインもお手伝いしていただいているので、サンジャポ親戚くらいになった感じです!


箕輪さんとは、知る人ぞ知る、幻冬舎のカリスマ編集者であり、

いまや社外のプロジェクトも100本以上回す、

現代のカリスマ。

ですが、そんな

一見完璧すぎる箕輪さんの「最大の弱点は奥様」というインタビュー記事が、男性ビジネスパーソンの胸に響くと、大人気だったので、晒しておきます!


https://kidsline.me/magazine/article/170


箕輪さん、本番前緊張してたけど、大丈夫かな。。。

ちゃんと、いじられてるみたいです!


おっつ、無事にアピールして終わったようです!



ご自身の出演感想!


ネットの著名人の上手で新しいテレビの活用方法って感じでさすがでした!



そんな箕輪さんと一緒に働き方革命本を出しましたー
おかげさまでアマゾンレビュー好評な出足です!

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「子ども好き」なら月30万円
キッズライン編集部
2018-03-02


我が家もそろそろベビーシッターを使ってみようかなというご家庭は、割引中です!


箕輪さんとの活動写真!


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箕輪さんも参加してくれた 女性起業家サロン 男性も女性も参加可能で、大好評受付中です!

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増床したばかりで、まだまだ何も整備されてない、っていうか、乱雑な場所での収録でした。
Kさん、ありがとうございます!

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あとちょっとでセミナールーム完成します!

みなさま!!!
もしよろしければ、ウイッシュリスト明日3月2日中までなので、ひとポチいただけると嬉しいです。
      ↓   ↓

【3周年&増床でお花より欲しいウイッシュリスト】
http://amzn.asia/3OgJrbe

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キッズライン3周年です!

と、記念動画をアップすると、多数の温かいメッセージをいただき、本当に本当に皆様のおかげなのに嬉しくて嬉しくて、ありがとうございます。



そして、増床します!

(移転を検討していたら、なんと幸運にも、いまのビルの一つ上が空いた)

私たちにとって一番大切な、研修ルームを開設し、会議室なども作る予定…

と、言うと、「お花贈ります」とのお申し出が多数……感謝です(涙涙)

以前、オフィス移転した時は、こんなにたくさんのお花をいただき、感謝感謝で感動しました。

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本当に、とっても嬉しいのですが、今回は研修ルームで増床ですし、

私たちは、日本に、安く便利で安全なシッターサービスを広めるために、本当に本当に細かい、経営努力を積み重ねて来ました。



ですので、もし、お祝いご検討頂ける方は、お花より欲しいウイッシュリストをポチっていただけるとめちゃくちゃ嬉しいです。


(送付先は、キッズラインお祝い用をチェックいただければ届きます)



と、フェイスブックに書いたら、次から次にたくさんのプレゼントが!!

プロジェクターに、ホワイドボード、椅子や、パーテーション


(家入一真さん、けんすうさん、えとみほさん、松本浩介さん、川田尚吾さん、美容師の木村さん、トレーナーの屋代さん…)



まだ、なにもない、研修フロア、こっちがわも、


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あっちがわも、がらんどう。。。。


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でしたが、暖かいみなさまのご協力で、しっかり、この場所がうまっていきそうです


引き続き、日本にベビーシッター文化を広めて参りたいと思います!


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みなさま、ご協力いただけるとうれしいです。

1944円からです。どうぞ、よろしくお願い致します!



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が!本当に申し訳ない事に、


不勉強で、ウイッシュリストは、送っていただいた方がわからないそう。よろしければ、フェイスブックのコメント欄やツイッターに、送ったよーなど教えて頂けると感謝がリアルに伝えることができます。


みなさま、本当にありがとうございます。





子供をもったとき、会社を立ち上げたとき、サービスをローンチするとき、
その「名付け」ってすごく悩みますよね。

語源をフランス語からとってもじったとか、ネーミング辞典をひっくりかえしたり、名付け辞典をひっぱりだしたり。。。


先日読んだ本で、落合陽一さんの名前の由来がプラスとマイナス、「+」=陽と「一」=一と考えてつけられたと書いてあって、すごく、おしゃれだなーと思いました。そして、落合さんご自身の、今のデジタルポジティブな生き方を表してる気がして、名は体を表すだなーと。

( ちなみに、私の香保子という名前は、「香り」を「保つ」「女の子」で、香りは一瞬で周囲を華やがせるので、そして、さらに、それを維持できるような素敵な女の子に、という願いだそうで、過分で、体を表してないかも知れませんが、年齢がたてばたつほど、気に入っています。お母さん、ありがとう!)


話が逸れましたが、名前の由来って、面白いのでちょっと書いてみようかなと。


子供の名前を出生届に書くとき、登記簿に社名を記入するとき、サービス名をつけるとき、URLをとるときって、すごくドキドキ。受け入れられるか、愛されるか…

名前の中には込められた意味ってあると思うし、その名前を呼ばれるたび、使い続けるたびに、当事者も、ユーザーにも、みんなにじわじわ浸透して、少なからず影響を与えているんではないかなと思っていて。

時が経てば経つほど、価値を増していくものだとも感じています。


私は子供3人名前をつけていて、そして2社の会社の創業で名付けして、
その時は、すごく悩んで、でも、いずれも、とっても気に入ってるので、社名とサービス名の経験について書いてみます。


私が一社目に創業した会社は「トレンダーズ」まだ、自宅のマンションでたった一人で起業したばかりで、登記する時に焦って考え、その社名を、苦心しながら、ドキドキしながらつけたのを思い出します。

女性が輝く社会を実現するというビジョン。それを実現するには、まず、時代を変えるのは、トレンドセッター、トレンドリーダーの共感からではないかと思いました。女性のあり方を多様化させるには、ロールモデルがいっぱい産まれますように、と。

そこで、トレンドを作る人たちの集合体という意味で、TREND+ERS =トレンドな人たち、と。

車を運転する人が、DRIVE+ERSで、ドライバーズという図式からお借りしました。

また、トレンドには、「本質的」という意味もあったので(のちに知るけど。。。)、社員は、本質思考を持って新しいことを創造しつづけて欲しいという意味も込めました。

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2社目の会社は、当初「カラーズ」という社名でした。

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それは輝く人たちの集合体という意味で、女性が輝く社会の実現と、一人ひとりが輝く社会の実現は私にとって同じでしたし、サブタイトルには、主体的な意思を込めて、Women be colorfulと刻みました。

そして、それを手に手を取り合って実現していこうというロゴマーク。


すごくすごく気に入ってたのですが、のちに、社名をキッズラインに変更することになります。。。その経緯は以下。


「株式会社キッズライン」へ社名変更した経緯と創業者の想い

https://kidsline.me/magazine/article/34

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と、話が逸れましたが、そして、キッズラインの由来ですが、


一人一人が輝く社会、女性が輝く社会を実現するために、その最初のサービスは、女性のライフスタイルを実際に進化させる解決策になるものにしようと決めていました。

思想や考え方のみならず、現実的に便利に楽しく変化をもたらすサービスとして。

そこで、女性にとって人生の大きな岐路になる「出産」「育児」。

それをもっと楽しめるよう、日本にもベビーシッターベビーシッター文化をつくる、というのを目標にして、テクノロジーを駆使して、便利で安全、リーズナブルなベビーシッターサービスを広めたいと思いました。

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そこで、名前です。サービスの名前。どうしようどうしよう、と。

最初はわかりやすく「シッター●⚫︎」とか「●⚫︎シッター」とか考えていたのですが、どうしてもピンとくるものが思いつかず、会う人会う人に相談してました。

当時、ワイドスクランブルにでていたので、デーブスペクターさんの前で、私が毎週毎週、うんうんうなってたら、デーブさんが、

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「キッズライン」ってどう?っていってくれて、「これだーーー」と、ピンときたんです。

便利なベビーシッターを広めていくときに、

子供は社会の宝物なので、母だけではなく、みんなで育児をして、みんなで笑顔を増やして、みんなで未来を増やしていくという考えがあったので、「キッズ」で「繋がる」という「キッズ」+「ライン」という名前はすごくイメージ通りと思って、使わせていただいています!(いまのところ、ライン銘柄ではありません)

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という、キッズラインの名付け親は私ではなく、デーブスペクターさんでしたというオチです。
でも、ほんと、デーブさんには感謝しています。ありがとうございます! すごく気に入っています。















私は新卒でリクルートに入った。

当時(1997年だから、思い出すともう20年以上も昔の話だ)は、今では、信じられないことかもしれないけれども、就職活動で、会社説明会に参加する時、電話したり、はがきで申し込んだりしていた。

当然のことながら、テクノロジーだけではなく、文化も遅れていたと思う。

会社の採用サイドでは「女性活躍」なんて言葉も風潮もほとんどない20年前、いまだったら、それって、企業イメージが落ちるのではないか、という手法も言動も当然のことながらあったと思う。

さらには、当時は就職氷河期、私がいちばん強烈に現実を突きつけられたのは「女性は2倍頑張っても評価されないよ」というお堅い系の大手企業の言葉だった。

風潮として、優秀な女性は、だからこそ「ならば、私がその社風をかえてみせる」という気概で、大手企業の狭い門を潜って、逆境にもめげずに、能力を示し、仕事と育児を両立しながら、身を削って時代を変えてくれたのだと思うと、本当に、心から尊敬し、感謝している。
だからこそ、いまは、そんな時代を対立構造をできるだけつくらずに、敬意をもって進化させたいと私なりの試行錯誤をしている。

でも、そのとき、余裕も、勇気もない私は、「うちの会社は男女平等。女性に重い荷物を持たせないけど、重い責任は一緒」という言葉に惹かれてリクルートに入社した。

私は営業職だった。数字で当月の結果がわかる仕事だ。当然、短期的な成果や行動が可視化されやすい。

私の危機感としては、お客様は同じ値段で同じ商品を買うのに、新卒一年目の私から買うのは損なのだ、というものだった。経験と情報量が少ない営業マンから買うのはことで、商品のクオリティに大きな差が出る。会社にもお客様にも迷惑かける。だから、私は先輩の何倍も仕事しなくてはならない、そう思って頑張ってた。

雇い主であるリクルートにとっては、数字が達成できなければ存在していないのと同じ、むしろいるだけ邪魔なコスト、という風に自らを追い込んた。とにかく目標達成をしようという踏ん張ってた。
そんな私に、周囲が全面的に応援してくれたのはありがたかった。短期的に圧倒的に成果を上げたいと考える私にとっては、非常に良い環境だったと思う。(もちろん、長期的にそれでいいという話ではないので、私の自主性を尊重してくれた文化という意味で)

当時の、私の教育担当だった人や、当時私のマネージャーは、心から感謝している。随分負担だったとおもう。

朝から晩まで(それこそ始発から終電だった)会社にいて、質問しまくる新人、私が大事だと思うポイントをマーカーで引いくけど「全然違う!おまえセンスないな〜」と、何度も突き返された。論点がずれて、アホで、話にもならないのに、そもそも論から何度も指導してくれた。

プレイングマネージャーだった教育担当はたいそう取り扱いに困ったうえに、彼自身の仕事も圧迫してたと思う。

いまでは問題になるのかもしれないけれども、仕事の質問ばっかり終始してつきまとう私がうざかったのか、仕事で悩みすぎてる私は、このままでは鬱になると判断したのか「お前、早く彼氏作れ」という苦肉のアドバイスまでくれた。

さらに、当時のマネージャ会議では、私の働きすぎが議論になって「あいつに"頑張れ"といったら死ぬまで働いてしまうから言わないように」ということになったとのちにTさんから聞いたこともあった。

と、話が横道に逸れてしまったが、

そんな風に、ややめんどくさい新人の私に徹底的に関わってくださった皆さんは、そんな時間搾取新人にもめげず、その後、リクルートの中でも、めちゃくちゃ昇格昇進をしてたので、そうとうな方々だったんだと思う。私にとって最高の環境だったことは間違いない。

よく私は、リクルート出身者で私より年次の若い方から、「伝説の新人だったんですよね」みたいに言われることあるけれども、「うざい、しつこい、めんどくさいという意味で」(だけど、ほっとけないからなおやっかい)話題に上る、みたいな感じだと今でも思ってる。

とはいえ、そんなにお世話になっておきながら、私は、実は1年半ほどでリクルートを辞めてしまったのだ。

みんな優しく盛大に送り出してくれたけど、いわゆるリクルート用語で「卒業」というのには申し訳ないほど、与えてもらってばかりと今でも思い出す。

さらに、後日談のエピソードとして、私が起業したばかりの頃、自分の会社がうまくいくかどうか分からないのに「かもめ」という社内報のインタビューで巻頭2ページに大々的に取り上げてくれたのもリクルートの先輩だったし、私が作った最初の商品をたくさん買ってくれたのもリクルートの役員だった。


さらに、そんなふうに、起業してからも、おんぶにだっこだった私に、新人の頃教育担当だった方が、「おまえ、いつまでも、リクルート出身っていう肩書きに頼るなよ」と指導されたのは、今でもよく思い出す。

そんな、私も、リクルートを卒業して早20年ほど。

起業して、ある程度軌道に乗った時に、リクルートの創業者である、江副さんと会食させていただいたことがあった。

江副さんは、帰りハイヤーで、私を家まで送ってくれたのですが、その車中で、当時、私が女性マーケティング会社を経営していたので「あなたの会社のクライアントはどこ? 社名はどこ? とにかく、大手クライアントをたくさん味方につけなきゃダメだよ!」と、何度も何度も繰り返し、クライアント名を車中で問いただしてきたくらい、上司っぷりを発揮して、ほんといい思い出です(苦笑)

思い出すと本当に、営業マンだったんだな、関わったみんな思いだったんだなって。リクルートを愛していたんだっって。創業者になってから、それはよりじわじわ、そして強くわかります。全員家族にも置き換えられない、適切な表現が見当たらないけど、特別な存在。

そんな江副さんが創業者で、だからリクルートって暖かいんだなって。

実は、そのしばらくあとに、いまの社長である、峰岸さんとも会食させていただいたときも同様だった。(トレンダーズが上場した時にリクルートに株を持ってもらっていたので、お祝いしていただいのですが)帰りの車中ではやっぱり、いろいろと抽象的なことばかりではなく、具体的なことを、話した思い出は宝です…

というわけで、上記は、リクルートでの極めて個人的なエピソードの一部なんですが、言いたかったことの一つは、私は決して在籍中に優等生だったわけでないので「人材輩出企業、リクルート出身者」に名前がでると、いつも恐縮してしまうのです。

そんな私ですが、何気なく読んでいた以下の本に自分の名前が出てきた時には、驚きすぎて体に電流が走りました。

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ただ、事業を生み出す時の考え方は、リクルートの社訓にあるように、「自ら機会を作り出し、機会によって自らを変えよ」という個人スタンス
さらに、創業者スタンスとしては、「自ら事業を作り出し、仲間とともに、その事業によって社会を進化させよ」おそらく、それが、DNAという形ではないかと、私は解釈している。

そして、まだまだですが、創業者として、人として、関わった人たち全ての人たちの幸せを願っているのは、リクルートに江副さんの姿勢に続いて体現していきたい、もうひとつのDNAです。

だからこそ、いまのキッズラインによって、社会を大きく進化させ、自分の人間としての器ももっと広げ、提供できる価値を増やしていきたいのが、引き続きの目標でもあります。


キッズラインでは仲間を募集しています。


江副浩正
馬場 マコト
日経BP社
2017-12-19


江副さんご本人が書かれた以下の著書は大好きです。

かもめが翔んだ日
江副 浩正
朝日新聞社
2003-10-30





日経BPの方、著者の馬場マコトさま、土屋洋さま、取り上げていただき、献本もいただき感謝です。

(このブログは音声入力でばばばーーっと書きましたので、適切でない表現、配慮が足りない部分などがございましたら、お許しください。個人的な見解として書いたものですので、暖かくご容赦頂けると嬉しいです)




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